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広島高等裁判所 昭和49年(う)230号 判決 1975年3月18日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

<前略>

一、検察官の控訴趣意について

論旨は要するに、原判示第二の一の救護等の義務違反の罪と同二の報告義務違反の罪とは併合罪の関係にたつものと解すべきであるのに、原判決が右各罪を観念的競合の関係にたつものとして刑法五四条一項前段を適用したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

よつて案ずるのに、道路交通法七二条一項前段の負傷者救護等の義務と同項後段の報告義務とはその内容を異にし運転者等に対し各別個独立の義務を定めたものであつて、右両義務を一個の行為で同時に履行することはできないのであるから、右各義務違反罪の構成要件の要素をなす救護等の義務を履行しないという不作為の行為と報告義務を履行しないという不作為の行為の両者に同一行為性を認めることはできず、従つて右各義務違反罪は併合罪の関係にたつものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三八年四月一七日判決、集一七巻三号二二九頁参照)。

原判決は、右各義務違反罪に刑法五四条一項前段を適用した理由として、単に「昭和四九年五月二九日大法廷判決により従来の併合罪としての判旨は変更されたものと解する」と説示しているだけであるが、右大法廷判決には、「一個の行為とは法的評価をはなれ、構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいう」との見解が示されているので、原判決はおそらく、自動車を運転中自動二輪車に衝突事故を起した被告人が事故現場からさらに運転を継続し逃走した本件のようなひき逃げの場合、救護等義務および報告義務各違反の動態が右逃走という客観的外部的行動によつて表象され、さらに右両義務の発生原因、時期が共通であるところから、自然的観察および社会的見解上各義務違反の所為が逃走という一個の行為によりなされたものと評価され得るとの見地にたち、前記昭和三八年四月一七日の判例が変更されたものと解したように思われる。しかし、右昭和四九年五月二九日の判決は無免許運転と酒酔い運転との両罪の関係につき観念的競合を認めたものであつて、右両罪とも運転を構成要件の要素とする作為犯である点で、両罪とも不作為の行為を構成要件の要素とする不作為犯である本件と異なり、右判決により前記昭和三八年四月一七日の判例が変更されたものとは解されない。そればかりでなく観念的競合において一個の行為が数個の罪名にふれるというときの行為は構成要件の要素をなす行為であり、不作為犯における行為は義務を履行しなかつたという不作為自体であるから、ある義務を履行しなかつた不作為とうらはらになされた行為が別の義務を履行しなかつた不作為とうらはらになされた行為とたとえ同一であつても、各義務の履行が一個の行為でなされ得る場合を除いては各義務を履行しなかつた各不作為間に同一性を認めることはできないのである。

してみると、原判決が被告人の本件ひき逃げの所為につき道路交通法一項前段、後段を適用したうえ両罪が観念的競合の関係にあるとして刑法五四条一項前段、一〇条により重き道路交通法七二条一項前段の罪により処断することとしたのは法令の適用を誤つたものというべきである。

そこで右法令適用の誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかといえるかどうかについて考えるのに、原判決書によれば、原判決は被告人の所為として右道路交通法各違反罪のほか、業務上過失傷害罪を認定し、これに刑法二一一条前段を適用し、同罪についてその所定刑中懲役刑を選択し、刑法四五条前段、四七条、一〇条(なお、原判決は併合加重の条文として刑法四七条本文のほか但し書をも摘示しているが、右は無用の条文を付加したにすぎないこと明らかである)により重き同罪の刑に併合罪の加重をしているので、かりに道路交通法各違反罪を併合罪として法令の適用をしていても併合罪加重の結果は結局その処断刑が懲役七年六月以下になることに変りはない。そして、右のように処断刑に影響がないからといつて判決に影響を及ぼすことがないということができないことは所論のいうとおりであるが、本件では前記道路交通法違反の両罪の成立は認めていて、その法律上の関係を誤つたのにすぎず、重き救護等義務違反の罪の刑により処断することにしても報告義務違反の罪についても量刑上考慮の対象となり、両罪を併合罪の関係にあるとした場合に比し刑罰的評価に変更があつたとみられないから、このように処断刑にも影響を及ぼさず、刑罪的評価にも変更を来さない法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるとはいえない。

以上の次第で、結局原判決には所論指摘の法令適用の誤りはあるが、その誤りは判決に影響を取ぼすこと明らかであるとはいえないので、原判決を破棄することはできず、論旨は理由がないことに帰する。<後略>

(八木直道 村上保之助 丸山明)

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